夫婦は敵か?

ご相談にみえるクライアントのお話を聞いていると「夫婦は敵なのか?」と疑問に感じることがあります。

お話をたどっていくと敵と味方に別れたのは結婚当初だったりする。

転勤時、出産時にも起こりやすい。

「味方だと思って結婚したのに」

いつの間にか敵になっている。

味方だと思ってアドバイスをしていたら、敵の批難と受け取られていた・・・

時を過ごすほどに、その差は広がって決定的な亀裂となる。

「あなたのためを思っていたのに」

恨まれていたりする。

味方だと思っていた方にとっては理不尽極まりない。

パートナーを味方だと思えなくなったら迷わずご相談ください。

柔軟な頭を取り戻して、夫婦をチームにしていきましょう。

そこで育つ子どもたちにとって重要なポイントです。

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死ぬ時にする後悔

死に方「終活」に関する本を読んだ。

「他人に優しくなかったこと」

「自分が一番と信じて疑わなかったこと」

「感情に振り回された一生を過ごしたこと」

後悔することの数々・・・

人は誰も死ぬのにふだんは意識していない。

「一番になりなさい。」

「一番になったら天国の扉が開かれますよ。」

そんな約束はしてもらっていない。

なのになぜか人は「自分が一番でいたい」と思うみたいだ。

それはもしかしたら人生の浪費かもしれない。

一回生

人の人生は歩めない。

自分の道しか踏みしめられない。

自分の視点からしか物は見えない。

それでも、人を恨んで否定して生きて行きたくはない。

でも、自分の中の否定文を否定することは不可能。

愛することは難しいのだろうか?

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質量保存の法則

法則があるのだろうか。

「人を傷つけてしまいました。」

という方とお話をした。

生き辛い。

自分が嫌い。

自分を好きになれない。

どうしたらいいかはわかっている。

自分を好きになって、他人に感謝して・・・

美しい言葉は理想でしかなく、答えに近づけない。

もどかしい。

こんな自分はやっぱりダメなんだ・・・と。

「どうして傷つけちゃったのかな?」

「変わりたいと思ったきっかけは?」

子どもの時に誰かに傷つけられた記憶。

その分、誰かを傷つけて生きてきた。

仕事量がイコールになるまでやめられないのだろうか?

人によっては増幅させて・・・

いや、エネルギーは一定という法則は?

自分が傷ついただけ人を傷つけてもいい。

そんなことは考えたくないけれど、自分の人生でを少しでも傷をプラスとして遺すことができれば・・・それは世界中の「傷」が少しだけ消滅するのかもしれない。

気づいた人から変わっていけば、世の中は変わる。

そう信じたい。

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愚痴

愚痴と言えば、昔、親戚に愚痴ばかり言ってるおばさんがいた。

彼女は誰かをつかまえては、愚痴りだす。

何を話していても、他者の悪口、嫉み、ひがみ、自慢になっていた。

幸か不幸か、訛りがきつく何を話しているのか池田にはよくわからなかった。

傍らに座っていると、のべつまくなし愚痴っている。

ちょうどよいころあいに意味がわからないので「ふんふん」聞いていると話甲斐があるのかずっとずっと愚痴っている。

「何だか気の毒な人だな」

家族にも相手にされなくなっているようで彼女の周りに集まる人はいない。

愚痴ってやっぱり不健康だな。

人の悪口をきくのはしんどい。

吐き出してスッキリするよりも、思い出してエキセントリックになってよけい消耗するんじゃないのかな。

池田は仕事以外ではカウンセリングはしない。

愚痴られても相談されても友人知人通りすがりの人と同じ対応をすると思う。

カウンセリングは仕事でなければしないしできないというのが池田の持論。

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私は正しい

カウンセリングの場面ではあまりないのだが、時々知人に愚痴られることがある。

あてにならない自己評価で池田は「聞いてくれそう。口が堅そう」と周囲に見られているからなのだろうか。

「なんで私がこんな話を聞く羽目に?」

という場面が結構多かった。

紆余曲折あり、それなら仕事にしようと思った。

専門家として経験を積むと「愚痴って不毛」なのではないかと感じている。

素人の時は「話せば楽になる」「聞いてもらえればスッキリする」という学説を鵜呑みにしていた。

でも、実際は愚痴は自らも蝕んでしまうもろ刃の剣なのではないかな・・・

愚痴っている人は何を言いたいのかと聞いていると

「私は正しい」

「●○は間違っている」

これが言いたいらしい。

評価をまじえずに聞いていると、自らの仮説を真理とばかりにまくしたて、鬼の首でも取ったように誇らしげに言い放つ。

そこで餌食になっているのは配偶者や親、姑、子どもなどの身内や友人職場の同僚である。

「私は正しい」

「悪いのは全て●○」

「現状が悪いのは○○のせい」

・・・・そうかもしれない。

けれど通りすがりの知人に「正しい」と認めさせることに何の意味があるのだろう?

池田は同意も否定もしないが、否定されないと同調してくれていると疑わない。

しかし、人に同意を求める行為が不安の裏返しだ。

深層では自分が間違っていると気づいているのかもしれない。

いつかは表層でも気づくんだろうか?

あまり期待できそうもない。

専門家になって5年の池田が思うことは愚痴を言っているあなたは決して幸せではないということ。

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人を利用する

他人を利用する。

こんな生き方はしたくないもんだ。

でも、人と人は支え合わなければ生きていけない。

「人」という漢字が支え合いを表しているという。

利用と支え合いはたぶんそんなに遠くない。

利用するのも程度問題なんだと思う。

利用することは悪いことじゃないと池田は思う。

でも、利用していることに気づかないこと、利用した相手に感謝しないこと、相手に利用させないこと、横暴に利用することなど使い方に問題がある人たちと出会うことがある。

恋人や夫婦、家族になると相手を利用しても「当たり前」と思っていることが多い。

甘えというものなんだろう。

しかし、池田が出会う夫婦は、関係を終わりにしようと考えているのに相手を利用したり依存したり甘えたりし続けている。

別れたい夫や妻が別れられない理由はこのあたりにあると池田は感じている。

別れたければ、自分が大人になって社会的に受け容れられる行動をしなければ話は進まない。

そもそも、大人になれば結婚生活もうまくいったのかもしれない。

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結婚って何だ?

いまさら・・・

離婚カウンセラーの池田が問うことではないのだけど、不思議な制度だ。

例外はもちろんあるが、生殖時期にある異性同士が繁殖目的に恋に堕ち、将来を共にすると誓いセレモニーや法手続きを経て「家族」という複合体になる。

経済的な共同体、教育現場、心と体の休息場所・・・

家庭にはいろんな機能が要求されて、義務が果たせないと叱責に値する・・・

子どもを産み育て、いつの間にか感情的に反発し互いを嫌いになって憎しみ合う。

子どもに教えるのは「人と争いなさい」

なんだ、人類は滅亡に向かっているようだ・・・

家庭が愛を学ぶ場ではななく、争いを助長する場になりつつある。

のんびりしていていいのかな・・・

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世代間伝達

世代間伝達とは世代間連鎖ともいい、親から子へ伝えられて行くものです。

よい行いが伝えられれば、世は時を経るごとに心やすい住みやすい心温かいものになるかもしれません。

しかし、好循環より悪循環が目立つのは、悪貨は良貨を駆逐するといういわれ通りなのか・・・

世には親世代から子世代に伝えられる「悪意」が溢れてしまっている・・・・

時々気弱になると池田はそんな思いにとらわれることがあります。

誰だって悪意を伝えたいと思って生きているわけではない。

信念を持って、「これが正しい」という思いで生きている。

でも、その信念を点検したことが無いという方はかなり多いと思う。

関係がこじれているご夫婦のお話を聞くと、その信念から出てくることが無い。

よく言う平行線・・・

自分の信念が間違っていたとしても手放すことが怖くてしがみつくように。

それはたぶん傷ついた過去、傷ついた気持ちを再び味わいたくないために手放せない。

その状態は本人にとっても周囲にも、子世代にも困ったことだ。

世代間伝達・・・斬るのは難しい。

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恨み

人を恨むということは疲れる。

しかし、疲れた人生を送りつつも人を恨んでいる人が多いのに驚く。

何かメリットがあるんだろう。

他人を否定していると、自分を否定せずに済む。

他人が不正を働いたからといって、自分が正しいという理屈にはならないんだけど。

見事なまでの捻り技で、自分のことを棚上げにし他人をこき下ろすことが可能だ。

人をこき下ろしている間は自分が正義の味方のように感じられるんだろう。

カウンセラーをしていると表面に現れたことのみで感じることをしないという習慣を持つ。

裏を読んで判断するのとも違う。

判断をしない。

宙に浮かべる。

人を恨みながら日々を送っている人が、恨みとさよならすると世の中がもう少し棲みやすくなるんじゃないかな・・・

エネルギーももったいない。

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幸せは苦しい

人の心とは不思議なものだ。

幸せになりたいと思って長年生きていて、実際に手に入りそうになるとすくんでしまう。

誰かに愛されたら、心変りが心配になる。

愛が冷めるのではないか、裏切られるのではないか・・・?

心穏やかではない。

心底愛している人がいると、遺して死にたくないと執着する。

自分が死んで嘆き悲しんで欲しい半面、健康で幸せに生き抜いてほしい。

愛される喜びと、愛される苦しみ。

愛する喜びと、愛する苦しみ。

どちらも同じ物の違う面。

苦しみの伴わない愛は、「楽しませてもらう人生」みたいに虚だと思う。

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韓国ドラマ

冬ソナが爆発的なヒットを記録して以来、日本にも韓国文化がたくさん入ってきた。

かっこうの出稼ぎ先なのだろう。今や日本には韓流スターが溢れている。

韓流ドラマは特に年配のご婦人方に人気だと聞く。

ドラマのロケ地をたどるツアーも相変わらず人気のようだ。

池田もブーム以来、何本か見たけれど面白いと思う。

主人公が運命に翻弄され思うようにならない日々が続く。

これでもか! というくらいに。

それを耐え忍び、ハッピーエンドに向かう。そしてカタルシスへと。

スッキリさせるためには邪魔ものがたくさんいた方がいいい。

手を変え品を変え主人公を襲ってくる。

「韓国には意地悪な人がいるんだな」と思った。

作り手も結構、主役に意地悪だ。

でも、ヒロインはただ翻弄され耐えるだけで、人間的な成長はあまり見られない。

それが日本の風土に受けるのはなぜなんだろう?

人の不幸は蜜の味というあれだろうか?

それとも日本の中の人間関係に刺激が足りないんだろうか?

現代は他人とのかかわりが少なくなって、いじめてくれる人もいない日本では、家族間での憎悪が増していくのかもしれない。

楽しませてもらうだけのドラマで発散するのは無理だろう・・・な。

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楽しませてもらう人生

熟年の友人たちが古典芸能や梨園、舞台やクラシックなど華やかな話題で盛り上がっているのを聞いていると、池田の毎日とは違うな・・・と感じる。

人生の過ごし方は人それぞれ。

美しい物は嫌いではないけれど、華やかな話題を持っている人を羨ましいとは思わない。

仕事の副産物なのか、その方たちの別のペルソナを知っている池田の眼には「虚」ではないのか?と映る。

「誰かに楽しませてもらう人生」

身の回りをよく見ると現状は消費というシステムで人に楽しませてもらう生活を送っていることに気づく。

誰かが作ってくれた柔らかい布団で眠り、誰かが作ってくれた野菜でサラダを食べて、誰かが送ってくれる電力で誰かが作ったTVで誰かが創った番組やCMを見て・・・誰かが創った道路を歩き、誰かのレストランで美味しい食事を味わい、誰かが作ったお酒を飲んで・・・・・・・

それはそれでいいと思うのだろうけど、どうも「楽しませてもらう人生」だけでは人は満足できないようだ。

誰かに楽しませてもらうことは、うつろな時空を埋めるのは手っ取り早い方法だ。

けれど、虚は虚のままで実にはならないようだ。

古来演劇は虚実の皮膜を表現する芸術だと言われてきた。

「実」に変えるには・・・

自分で自分を楽しませる、それが溢れて人に伝わる・・・

そのためには自分が打ち込める、幸せになれる仕事をライフワークを見つけたいものだ。

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悪夢

いくらでも眠れるという日はたまにしかない。

というのが多くの日本人の実感だと思う。

一日の時間の配分として寝る時間が少ないという人が多いのではないかと感じることがある。

それに加えて、心にかかる雲霧があると時間があっても寝辛くなる。

やっと辿り着いた眠りの国で悪夢を見せられると辛いなあ・・・

何でこんな夢を見るんだろう・・・?

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心を閉ざす

かつて心が通い合ったと感じた経験。

その共通の経験によって結婚という形をとって家族という身分を結んだはずなのに。

関わりを持つ中でのコミュニケーションのすれ違いで心を閉ざすことになる。

きっと我慢をしてきたのでしょう。

我慢できない我慢をして、我慢しきれなくなって行動化する妻や夫。

離婚を口にしたり、不倫をしたり、家を出たり・・・

家族が成り立っていなかったことが明らかになる。

そんなに我慢する必要があったのか?

お話を伺うと、その我慢はパートナーに向けられたものとは限らず、生きていくスペースをうまく作れないために感じる窮屈感・閉塞感のようだ。

「そこから救い出してくれる運命の人・・・」

パートナーへの期待が大き過ぎたのだろうか?

心を閉ざしては生き辛い。

環境が変わっても新たな我慢を募らせる。

そしてまた限界点に達する・・・

いつになったら安住できるのだろう?

偉くなっても、お金持ちになっても気持ちは癒えない。

ありのままのあなたを認めてくれる人の存在に気づいて心の扉を少し開けてみよう。

でも、心の扉は中からしか開かないんだよね。

自分にできることは、自分の心の扉を開くこと。

優しい気持ちで生きていくこと。

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料理上手

ひと昔前は、料理上手が良い嫁の条件だった。

夫は胃袋でつかめ、なんて言われていました。

男子厨房に入るべからず、という格言?もありました。

時代は変わりました

男子は厨房に入り浸り、巷に料理は溢れ、女性たちは仕事に打ち込む。

食べ物はおいしく食べられる方が良い。

でも、何のために食べるんだろう?

命をつなぐこと。

自分が明日生きるためには、他者の命を「いただく」ことが必要になる。

自分にそんな値打ちがあるんだろうか?

その答えはいらない。

ただ、食べ物として目の前に並ぶ「他者の命」を無駄にしたくない。

料理上手とは、味付けがうまいのではなく食材を無駄にせず活かす人だと思うな。

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わかり合えない

どうしてもわかり合えない 。

一方は

「話し合いたい」

一方は

「もう話すことはない」

わかり合えないから別れて行くのだろうけれど、別れる手続きの話し合いもできなくなっている。

別れの手続きを拒むのは本当は別れたくない?

人の心の不思議を感じることがよくあります。

自分が切望していると思っていたことの深層に全く逆の心理が働くことは珍しくありません。

渇望しているから遠ざけようとする。

自分の心を押さえつけても張り通したい意地がある?

それは一体誰の指令なのかしら・・・?

「幸せになってもいいんだよ」

今の日本では誰も教えてくれない。

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誰が悪い?

人はパートナーとうまくいかなくなるのは相性が悪いせいだと感じることがあります。

法律でも「性格の不一致」離婚原因の一つとされています。

相性の悪い相手と一緒に暮らすことは辛いことです。

気兼ねせずに自分らしくいられる空間はとっても心がなごみます。

しかし、人は一人では生きていけない生き物でもあります。

はてさて、どうしたものか?

たくさんのご夫婦のお悩みを伺っていると感じることがあります。

「自分にできないことを、自分にできないからこそ相手に求める人が多いのです」

相手の人格に問題があると切り捨てれば人生は楽しくなるのでしょうか?

それは見方を変えれば「人を斬り捨てる人生」を自分が選択していることになります。

自分はその生き方を肯定できるのか?実は心の底の方で肯定できないからその後も苦しい日々を過ごすことになるのではないかな。

それはやはり自分自身の課題です。

誰かが悪いと犯人捜しをしても誰も幸せにはなれないようです。

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宗教とは?

昔、大学で使った教科書を取りだしてみた。

人間にとって宗教とは何か?

という科目を取った時のものだ。

確か、単位を落としたと記憶している。

改めて読んでみるとわかりやすく宗教について解説してある。

年をとるとわかってくることもあるものだ。

しつこいようだが池田はどの宗教にも帰依していない。

その立場から言わせていただくと、宗教の内容を解釈すること自体ナンセンスだと思う。

以前に生きていた、誰かが話したり書いたりしたことを今の私にわかれというのが無理な話だ。

イエスだか、アッラーだか、釈迦だかが、なんと言ったかは彼らに聞く以外ない。

つまりもうわからないことだ。

宗教に限らず故人の思想なり教えなりは、自分で解釈するしかない。

わかるところは戴いて、わからないところは排出する。

現存している人間相手でも同じことが言えるんだな。

問題なのは、吸収排泄のセレクトができない自分自身。

命が尽きてから祭り上げられたって困るよね。

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ごまかす

人間関係のいろんな場面で活躍する「ごまかす」という行為。

語源を調べたら、護摩を焚いた灰と、胡麻菓子がもとだという。

どちらも「詐欺・詐欺まがい」という意味らしい。

池田はもう少し可愛らしく受け留めていた。

簡素な料理も、味がいまいちでも、見てくれが少々難ありでも・・・

胡麻をパラリと振りかければ、立派な美味しい食物に変身!

それくらい胡麻は美味しい!

のかと・・・

胡麻は栄養もあるし香りも良く安価だ。

「ごまかし」という言葉の語源にするのは失礼かもしれない。

パラリと振ると誰もが仲良しになれる。

そんな魔法の粉があるといいな・・・

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谷間

ゴールデンウィークの谷間である。

お休みの人もいれば、休日の人も。

いつの間にか5月に入った。

思えば、去年の東日本大震災以降、大きな地震が増えた。

余震もあるので当然なのだけど、日本は揺れている。

揺れている中でも人は生きていく。

先月の祇園の事故以来、自動車事故が多発しているようだ。

小学生の列に突っ込んだり、ツアーバスの運転手が居眠りしたり・・・

不景気のしわ寄せが弱者に負担を強いる現状をワイドショーで伝えている。

なんだか目くらましのようにも感じられる。

きっと今までも事故は起こっている。

報道が集中するには別の理由があるのかもしれない。

ひそかに進行中の出来事を潜ませるために。

中国や北朝鮮の報道を嗤う前に、日本のメディアのお粗末さを知る必要があるかもしれない。

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否定文で答えない

誰かが話をしている時に、しらんぷりしていたらコミュニケーションは成り立ちません。

「返事をしない」ということは相手の存在を否定することになります。関係悪化です。

「返事ができない」場合は事情を伝えることも必要になります。

複数の人が会うと、井戸端会議が始まります。

否定文で答えないということはけっこう難しいことです。

でも、自分が否定されたときの心の波立ちを思い出せば一考の余地ありです。

これはアイメッセージを意識すると可能になります。

物事というのはいろんな面からとらえられるので、熱弁をふるっている人に反論することは可能です。

けれど、いちいち反論していたら話をしてくれる人が面白くない。話し手が少なくなってしまいます。

おしゃべりというのは正誤を糺すためでなく、グルーミングのためにあります。

目的は、みんなが程良い心地よさを感じること。

だから物知り顔で鼻高々に話している人の会話の腰を折るのはマナー違反ということになります。

「ふんふん・・・なるほど」

「そうだったんですか」

その時を楽しく過ごせばいいのです。

でも、人はいろんな情報をキャッチします。

この人は自分だけが物を知っていると人に教えるのが好きな人なんだな。

この人と話す時はなるべく話させてあげよう。でも、時間の無い時は遠慮しよう。

きのうのテレビの受け売りだな・・・

物の見方が偏っているみたい。(例えば、人種差別・性差別・・・)

その人その人に合わせて自分を変化させていく。

どうしても黙っていられない時にはしっかりバッサリ斬っていく。

自分を知らないとできないのです。

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自分を楽しませましょ

難行苦行をすることが良いことのように教えられてきた。

努力しないと結果は出せない。結果を出すことが価値であると教えられてきた。

痩せ我慢、恥、能力を最大限活かすこと・・・

「若い時の苦労は買ってでもしろ」

釈迦は悟りをひらく際に、肉体を酷使しても涅槃にいたることはできないと悟ったそうだ。

だというのに、現代人は自分を苦しめることが得意なようだ。

自分を楽しませること。

自分は何を楽しいと感じる人なのか?

いつもと違う時の流れに身を任せて、自分を発見するいい時間をもてるといいですね。

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ゴールデンウィーク

寒い日が続いたせいか、ピンと来ないけれど明日から黄金週間。

年中無休の池田にはあんまり関係ないのだけれど、ふだんより依頼は少ないようだ。

家族で楽しい時間を持っているといいなあ・・・

池田にとっては黄金週間と年末年始が、ちょっと時間の取れる時期のようだ。

と言っても営業はしております。

じつは池田は結構やることがたくさんある。

暇ということが何故か無い。

貧乏暇なし・・・というところか。

原稿も書きたいし、勉強もしたいし、修行もしたい。

イベントにも参加するし、たくさんの人とも会う。身辺整理も・・・

でも、たいていは計画倒れに終わることが多い。

ふっと時間のある時には何故か、急ぎの仕事が来ることが多い。

体調管理には気を配りたい。

皆さま良い休日を!

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休肝日

週に1~2日は休肝日を。

ずいぶん前から言われていたような・・・・

その教えが昨今改められて、休肝日は取らなくても大丈夫という結論に達したらしい・・・

適量を毎日飲むのが健康の秘訣とか。

振り返ってみれば「休肝日」は取ったことが無い。

「休肝日を取らなくちゃ」

とよけいな意識を遣う方がストレスになるのではないか?

というのが池田の思い。

飲みたくない時は飲まない。

飲みたいければ飲む。

考えすぎると細胞が死滅するのではないか。

もちろん飲みすぎも細胞死滅につながるだろう。

最近、新開発が目覚ましい、ノンアルコール飲料を愛用するようになった。

別にアルコールを求めているわけでもないのかもしれない。

自分を知るのは大事だ。

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シェールガス

革命という言葉が経済紙を賑わせているようだ。

経済通の知人と話をしたところ、このシェールガスが時代の転換点になるらしい。

噛み砕いていうと、「景気がよくなるだろう」という憶測が漂い始めた。

景気というのは「気」という字が使われているように、気分の問題だ。

景気がいいと思えばいいし、悪いと思えば悪い。

幸せと似ている。

アメリカの国土の地下深くに眠る天然ガスが、世界にエネルギーを充満させる。

アメリカに富をもたらし、石油産油国・天然ガス産出国は凋落する。

経済のサイクルから言っても当てはまるのだそうだ。

しょせん、人間なんて長いものに巻かれて日々を過ごすしかない。

浮かれたり、沈んだり。

それでいいんじゃないのかな。

生涯を飢餓と戦禍で過ごす人たちも大勢いる。

それが日本人のせいでないとは言い切れない。

せめて、幸せを噛みしめていきたい。

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現在肯定2

いろんな不満があるのは当然です。

でも、不満を解消しようと動くことでまた不満をつくっていることがあります。

そう、悪循環です。

不満に焦点を合わせずに、満足できていることに焦点を合わせて日々生きると人生は結構悪くない。

なぜ不満に焦点がいくのかといえば

そういう教育を受けてきたからです。

「満足できることなんて、何一つない」

「嫌なことばかり」

それは事実でしょうか?

公平に客観的に冷静に考えてみると、マイナスがあればプラスもあります。

マイナスの事柄のみに眼がいくのは、「視野狭窄」

視点移動を心がけましょう

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現在肯定

満足したら進歩が無い。

本当だろうか?

人は満ち足りたら人に与えたくなるという。

現代日本社会は人から奪うことばかりを考えていないだろうか・・・

お金は欲しい。

それは何のため?

宝くじが当たったら何を買うか?

という質問に豪華な家や車、服や家具・・・食事をあげることが多いけど、そんなもの本当に必要なんだろうか?

自分が働いた対価が高い、いわゆる高給を得るのは嬉しい。働きが認められ評価されたということだ。

でも、働きを認めてもらうのはお金でなくてもいい。「感謝だ」

労働対価を受け取るのはそれだけの働きを提供するはずだけれど、現状は不平等な状態が続いている。

需要と供給の関係だけでは決まらない。それは既得権益やら政治の票集めなんかも関わっている。

こんな歪んだ世界の中に放りこまれてしまった私たち。

嘆いていても始まらない。

コップの水を見つめてみましょう。

無い分を嘆くのではなく、ある水に感謝。

現在肯定とはこんなイメージです。

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CM洗脳

不景気の日本では何が売れるのか?

TVを眺めていると浮き上がってくる。

CM、バラエティに限らず画面は「美味しそうに物を食べるシーン」で満たされている。

また、「美しくなる」

    「健康維持」

    「時代の先端」

    「理想の人生」の断片が散りばめられている。

生まれた時から身近にTVがあって、疑うことなく毎日付き合い続けているけれど、ちょっと立ち止まって考える時間が必要なんじゃないかなと池田は思う。

NHKは(不平等な現状だが)視聴料金を徴収して番組を作成しているわけだから少し事情が違うけれど、民放はスポンサーがお金を出している。そのためにCMという枠が繰り返し繰り返し流される。

人間は馴染みのあるものに好感をもつ。商品が売れる。

TVというものは広告宣伝というシステムであるという事実を忘れてしまうと、人々は戦略に捕えられ、いつの間にか自分で考えることをやめてしまう。

「TVで(誰かが)言っていた」

「TVに出ていた」

鵜呑みにする。

もう「TV教」といってもいいくらいだ。

怖いのはTVで流されるCMが、現在否定「いまのままではいけない」をし続けるということ。ある意味洗脳だ。

現在が満ち足りていたら商品は売れない。

だったら売らなくもいいんじゃないか?

そしたらみんな食えなくなる?

本当だろうか?

多くの人が心豊かに暮らすために消費以外の仕事を創出していくこと。

そろそろ洗脳から足を洗って自分の頭で考えたいものだ。

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世代間連鎖

子どもには安心して、健やかに育ってもらいたい。

それを否定する親はいないと思います。

けれどそれを実現させることは難しい。

どうしてなんだろう?

考えてみると、親になった両親が「穏やかな子ども時代」を経験していないようです。

それはなぜ?

それはまた、その親世代の心の安定につながっていく問題「世代間連鎖」なのですが・・・

イジメの構造は弱者に向かうと言われる。

一人の子どもが自分の中で感じた圧力(たぶん家庭で)を、知らず知らず弱い部分に向かって噴出する・・

たぶん噴出せずにはいられない。誰にも止められない。

一時は解放感を覚えるのかもしれない。

一方いじめられた弱い存在を見ることで、加害者となった自分を見捨ててしまいたいような気持になるのかも。

それは「自分が自分を嫌いになる瞬間」大きな心の傷。

傷をそのままにしていては次の世代、周囲に類を及ぼしてしまいます。

傷を癒すのは自分自身。

未来を変えられるのはあなた。

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不仲の原因

日本には親の不仲で苦しむ子どもたちが多数存在している。

不仲の原因はといえばそれはコミュニケーションのすれ違い。

池田はカウンセラーとしてお話を伺うのが仕事です。

クライアントの話に耳を傾けて聴いていると、気持ちも同時に流れて伝わってきます。

本当はパートナーにわかってもらいたい気持ちなんですね。

「わかって! お願い!」

と心で叫びながらも口から出る言葉は

「罵詈雑言」

それでは伝わるどころか距離を遠ざけるだけ・・・・

パートナーはスーパーマンではありません。

伝えたいことは伝わる形にして届けていきましょう

コミュニケーションを改善することで子どもの苦しみが少しでも減るのなら。

池田の願いです。

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